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2004年1月20日 火曜日 はれ

インストール(綿矢リサ)も買いました。
 大学から帰る途中に本屋に立ち寄り、インストールを買いました。1000円でしたが、自分の価値観と照らし合わせた結果、「もったいなくない。とても価値のある買い物だ。」というものになりました。それからその後、後輩達がサークルをやってるかなと思い、カナリ遅かったのですが覗いて見ると、活動してしていました。扉を開けたところに電車?SLを書いている男が一人いましたが、以前から書いているを知っていました。何作も描いている彼ですが、次第に腕を上げているんが分かります。やっぱりサークルに入って腕を上げてもらわないと・・・面白ない(笑)というのが当方の本音。ハジメッからかける人間には興味は行きません。当方、素直に「上手いね」と言ってみたものの彼は照れているのかうざがっているのか分かりませんが、会話にならない回答をよこしてくるので、愛想笑いをして、会話を終了しました。誉めたのはどうやら間違えだったみたいですね。そんな感じで話す事もないので「インストール」を買った事をワマリにいた後輩に見せると、オオと反応がありました。が・・・しかし、その直後
「芥川賞はタレント的で期待していない、直木賞はいいよね。大体、芥川賞の審査委員の○○なんて芥川派じゃないじゃん」
と、雑談し始める・・・最近のそう、俺より2個下位からかな、本当に上下関係とかがないというか好きなことを言う人間が増えた。タメ口とか敬語がしゃべれないとかそう言うのレベルのはなしじゃないくて、根本的になにかがちがうのだろう。大体の人間はどこかでそれを学ぶのだ・・・上下関係とかそう言うのではなくて、集団行動の中での自分の発言の影響というものを・・・。そういうわけで今回の件で俺の中で何かが冷めるのが分かった瞬間だった・・・。俺がバカみたいだ・・・いやバカなのは知っていたが・・・。しかし、まあ面白いと思うものを面白いと思ってはいけないという理由はないだろうし、他人が面白くないと思うものを面白いと思ってはいけない理由も見当たらない。だからといって、他人を不愉快にさせるそうな発言は控えるべきだろうと思うのだが、まあ、しょうがないなぁ〜〜今はインストールでも読んで俺が面白いと思うものを確実にしていきたいだけだ。まあ、経験をつめば上に紹介した人間と同じ考えになるやもしれないが、今は今を楽しもう・・・

 そう言えば昔ここに書いたけど、あの想いが思い出される。本屋の本棚をみて「ここにある本の俺はどれだけの本を読めるのだろうか・・・なんだか儚いなぁ〜」と思った事がある。面白い本、面白くない本は沢山あるが、本当に沢山あるのだ。理想とすれば面白い本だけを読めばいいと思うが、自分の経験から思想などは変わるし、内的にも外的にもにも旬の面白さがあるのだと思う。そうした本をいかに見つけ、また新たな価値観を受け入れられる器となるか・・・そういう楽しみ方がしたい。

 本というものを大きく大別すると読むと愉しい本読むと為になる本、そしてそれ以外の本がある。読むと愉しい本の中にも自分では見出せない、とか、自分では気づかないとか、理由はそれぞれあるが「為にある」場合も多々ある。そういった意味で分類するのは難しいが、実際に大きくこの分類の範囲から逸脱する本はない。そこで説明を加えなければならないのだが「愉しい」とは「自分が」という事である。「為になる」というのは難しい・・・「誰が?」という疑問はあるのだが、これに関しては答えられない。ただ結果的に為になったと、リアルタイムでも未来にでも思えたら、それは為になる本だろう。それ以外にでもその本を読んで結果的に成功できたとしたら為になる本だろう。そして、人間性が豊かになるような結果をもたらす本であれば為になると思うのだ。しかし、実際、どの本が為になるのだといえない。いや難しいのである。だから、当方は無作為に本を選びその結果をぎんみする必要が出てくるのである。
過去ログを読み直すと
 過去ログを読み直すと本当に自分がとてつもなく狭い範囲で右往左往している事が分かります。ここで書けることって本当に一部でしかありませんが、それでも狭いなぁ^^と思うわけです。自分の生き方とか考えるほど、切羽詰ってないし、必要性も今のところないのですが、「こんなんでエエカノウ?」って言う疑問だけはあるんです。不安なんです。と、ここまで書くと・・・見えてきます。そう不安だから、そう思ったのだと・・・「狭い」とかそう言うのです。なにが言いたいのかというと何も言いたくないのですが、「今日やる仕事は今日のうちに」で頑張ろうと思います。

安下庄の由来。
菅原神社(天神様)
安下庄 −地名の由来−
祭神 菅原道真公・天穂日命
由緒 
 社伝によると、延喜元(九〇一)年。菅原道真公が大宰府に下向中、風波激しく、当地に立ち寄られた。
 菅公、岩上にて日本紀を唱え、観世音に風鎮祈願をされると。たちまち風波鎮まる。またこの時、新官の百太夫(もちだゆう)に出会い、菅公、当庄の在名を尋ねられれば、百太夫「甲之庄」と申し上げれば、菅公曰く「庄に甲を載いては不繁盛なり。我も筑紫へ安(やす)く下(くだ)りたき儀に付き、今より安下庄と改めよ」と仰せられ、以後「安下庄」と称したとある。
 この縁あって、天元年間(九七八〜)京都北野天満宮よりこの地に天満宮を勘請する。
 テキスト化しておきたかったので、作業しました。うそ臭いけど、まあ由緒正しき地名かなという事でしょうか?だって、なぜわざわざ大島を通ったのか・・・いや、そうか、大島から大分に渡ったのかな?そっちの方が確かに近いし・・・
気になるニュース
火星・ワサビ地区にスシ・サシミ…NASA命名

米航空宇宙局(NASA)は19日、火星無人探査車スピリットが初めて 撮影した、大型岩石の接近画像を公表した。中央にある幅数十センチの岩を 「サシミ」、右の岩を「スシ」、一帯を「ワサビ地区」と命名した。
 2つは着陸地点の周辺では最も大きな岩石。スピリットの岩石研磨装置で 削る最初の対象に選ばれたが、表面が凸凹で砂塵に覆われていたため、 3メートル離れた別のフットボール大の岩「アディロンダック」に変更された。 この名は米先住民の言葉で「偉大なる岩」を意味するという。
 3つの岩石とも、鉄分が多く粘り気の少ない溶岩が冷えて固まった玄武岩と 見られているが、サシミとスシの方がやや白く、違う種類の岩石の可能性もある。
 地球では、玄武岩は火山の周辺だけでなく、海底の地殻の主材料でもある ため、火星の玄武岩がどのような環境でできたものか、NASAの専門家も 強い関心を寄せている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040120-00000103-yom-int
なぜ、そう言う名前を付けたのかそこが知りたいデース。
純文学
当方、途方もなく無知でありますから、純文学とは?というところからではなくて、芥川賞ってナンですか?というところからシナリシナリと理解を求めてきたわけです。それで、芥川は純文学なんだってという事で、その辺を調べましたので紹介します。まず日本という国では文学作品(主に小説)を純文学大衆小説、そして中間小説に分類したりするそうです・・・で?で?はい!!先生!!例を挙げようと思いました当方、本を読まぬ種族なので例を挙げることが出来ません誰かが挙げたとしても・・・分かりません。あはは、だからググリの結果から、文学賞とは各種文芸作品に対して与えられる賞。代表的なものでは、芥川賞(純文学短編)、直木賞(大衆・中間文学)、H氏賞?(現代詩)など、と、らしいです。ほうほう・・・ほう!!つづき「発表済みの作品に対して与えられるものと、未発表作品を公募して選考するものの二種類がある。芥川賞、直木賞は前者、メフィスト賞、日本ファンタジーノベル大賞は後者。」

芥川賞とは

正式には芥川龍之介賞。

大正から昭和のはじめにかけて活躍した作家芥川龍之介(1892年・明治25年-1927年・昭和2年)の名を記念して、菊池寛の発案により直木賞と同時に1935年?昭和10年)に制定された。

新聞雑誌同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募方式ではない)。主に無名もしくは新進作家が対象となる。正賞は懐中時計、副賞は100万円。

授賞は年2回。上半期(12月1日〜5月31日までに公表されたもの)の選考会は7月中旬、贈呈式は8月中旬。「文藝春秋」9月号に掲載。下半期(6月1日〜11月30日までに公表されたもの)の選考会は翌年1月中旬、贈呈式は同2月中旬。「文藝春秋」3月号に掲載。

文藝春秋>「各賞紹介」より

直木賞とは

正式には直木三十五賞。

直木三十五?(なおきさんじゅうご 1891年-1934年)は大阪に生まれ本名植村宗一。早稲田大学英文科で菊池寛芥川龍之介と知己を結ぶ。映画製作を手がけたのち文筆業をし『南国太平記』『荒木又右衛門』などを著し、大衆文芸の世界で活躍した作家評論家である。1934年(昭和9年)2月24日、享年43歳で亡くなったのを惜しみ、直木と親交が深く当時『文藝春秋』を率いていた菊池寛直木三十五の名を記念した賞を作ることとし、芥川賞と同時に翌1935年?昭和10年)に制定された。

新聞雑誌同人雑誌を含む)あるいは単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募方式ではない)。無名・新進・中堅作家が対象となる。

授賞は年2回。上半期(12月1日〜5月31日までに公表されたもの)の選考会は7月中旬、贈呈式は8月中旬。「オール讀物」9月号に掲載。下半期(6月1日〜11月30日までに公表されたもの)の選考会は翌年1月中旬、贈呈式は同2月中旬。「オール讀物」3月号に掲載。

文藝春秋HomePage>「各賞紹介」より

(以上、下記文藝春秋ならびに『直木賞のすべてサイトを参考、引用してまとめました)

メフィスト賞
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%e1%a5%d5%a5%a3%a5%b9%a5%c8%be%de
日本ファンタージー賞
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c6%fc%cb%dc%a5%d5%a5%a1%a5%f3%a5%bf%a5%b8%a1%bc%a5%ce%a5%d9%a5%eb%c2%e7%be%de
 要するに最近の芥川賞は純文学ではないとそう言いたかった訳だな・・・ココまで調べて初めて分かる世界がありますね。しかし、文学をやってる人が名声がほしくてやってるのか?と問えばそうではないでしょう。結果的にそれで飯が食えるというなら、そうそういう賞をほしがる人はいるでしょう。ですが純粋に文学をやりたいと志してる若者こそ、純粋に文学つまりは純文学であるのでは?と思うわけで、そういう方向にある芥川賞というのは妥当ではとも思います。勿論タレント性を重視しているとかあるかもしれないけど、でも結局作品の中身を評価する際は絶対に主観が入ってしまうわけで、其れ自体、つまり文学自体主観で支配されているそのものなので、選ぶ人も主観、選ばれた人も主観、読む人も主観、だから、意見は食い違う時もあるし会わないときもある。方向性だって、統合するなんて無理だし、そういう方向はそもそも間違っている。そんなんでまあ言い合えるのが文学なんでしょうかね?ま・・・いやな世界ですねw結局のところ賞なんてどうでもエエダロ?俺が読む本に読む前からケチつけるような話するのはヤメレって事だなウンウン・・・・(自己完結)

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2004年1月17日 土曜日 はれ

外は雪が降ってます。午前2時
 ははは・・・明日センター試験なのに、今、雪が降ってます道路の雪は解けていますが、これは曲者です。きっと明日の朝にはカチコチに凍結してるでしょう。・・・はぁ・・・大学行かないと行けないのに・・・歩いていかなきゃいけないのかなぁと思うと期が思いです。
雪は積もってませんでしたね。
 何を期待していたのか、何故に期待していたのか。今となっては自分でも分かりませんが雪は積もってませんでした。ていうか起きたの11時だったので分からないのが本当なのですが

買いました『蹴りたい背中』
 いや、女子高生の話だし、TV化決定とか本屋さんで宣伝されていたので、こっぱずかしくて年末に買えなかったのですが・・・ヤッパリ買っちゃいました。いやはや捜すの苦労しましたよ。
 それで、本屋さんからアパートに着くなり速攻でよみました。Sな主人公とヒキコモリでオタクな男の話です。そしてサブ役でイマドキの友達が主に登場する話ですが、女の子二人の気持ちはなんとなく分かるんです。だけど、この男だけは異常で主人公とのやり取りが面白い。でも、俺は少しだけいや結構男の気持ちもわかるなぁ〜とか思いながらニヤニヤしながら一気に読みました。初めてですね・・・本を一気に最後まで読むという経験は・・・本当に面白かった。お勧めです。

参照 蹴りたい背中
 錦矢りささんの凄いところは、日ごろ人が抱いている疑問とか不安とかもやもやしているもの、言葉では表せないようなことを、簡単な言葉で表現出来ることですね。凡人がやると如何にも深刻な話になってしまいそうです。今回の「ヒキコモリ」君とか本当にそう・・・そうなんだよね
そうそうTV化されるのは、以前の作品の「インストール」です。

才能と美貌があってうらやましい・・・
http://www.webdokusho.com/rensai/sakka/michi08.html
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%CA%CC%F0%A4%EA%A4%B5
http://www.kawade.co.jp/bungei/bu38.htm

http://www.ultracyzo.com/newssource/0201/01.html
http://www.atc.ne.jp/seikindo/hyoushi/instool10.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/junior/2002071302.htm
http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/mstage/book/wataya.html
写真の中身が本気で気になる(↑)

訂正:TV化ではなくて映画化でした。映画『インストール』は上戸彩が主人公らしいです。ウホ!!いい情報!!

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2004年1月16日 金曜日 はれ

お久しぶりです
 ネットではお久しぶりです。なんだかやる気ない病に罹ってしまいました。今もやる気はありませんが、ここ最近のことでも書きましょう。ええと・・・修士論文・・・ゲフ・・・・いちいちここに書くことではありませんので却下・・・他に何かしたかと思い起こしても、なぁ〜〜んもしてないような気がします。修士論文すら手につかず。昼休みの間にいく生協が楽しみとか(笑)ええと、江国香織さんが書いた小説とか読んだり、その他もろもろの評論文とかをパラパラと、でしばらくしてお茶を買って研究室に戻る。そんな感じで金曜まで過ごしてまいりました。疲れましたね。
明日はセンター試験です。
 当方センターを受けたことがないので、どういう雰囲気なのかぜんぜん分かりませんが、如何なんでしょうね緊張するんでしょうね。いやぁ〜〜会社の試験中と比にならないのでしょうか?そういえばこういう話題になると必ず同じことを当方言ってしまいます。そう「俺は今までにまともな試験を受けた事がない」と、そうなんです。当方お受験を経験したことがないのです。高校入試など倍率0.7倍え・・・3人受ければ4人受かるんですか?何なんでしょうねこの倍率は(笑)そんな高校へ当方は行っていました。ですが中学校はアフォに暮らしたわけではありませんよ。アフォみたいに強制的に勉強させられてました。でも本は一冊もマジで読んでないのですけど(笑)高校も同じです。けど、あんまり勉強しませんでしたね。何というか一日は何もせずただ流れるだけで終わっていて、独りよがりな考えばかりが先行してた時代でした。本の一つや二つ読んでおけばよかったと今は思うですが無駄な時間でした。大島の岩でも調べておけばよかった、無駄な時間でした。歴史でも調べればよかった・・・無駄だなぁ。、大学入試は推薦で入りました、イエェ〜〜ィ!!
第130回芥川賞

15日発表された第130回芥川賞で、史上最年少の綿矢りささん(19)と金原ひとみさん(20)が受賞
「蹴りたい背中」は書店にたくさん置いてるのを見ました。手にとってパラパラめくり面白さウだなと思ったのですが、女子高生の話だったので買うのは恥ずかしくて買いませんでした(笑)もう今は書店においてないでしょうね。それにしても、錦矢りささん・・・かわいいですね・・・・結局顔よ!!
参考:作家読書道 http://www.webdokusho.com/rensai/sakka/michi08.html
    WEB本の雑誌 http://www.webdokusho.com/

蟲とは一緒に暮らせないのだよ。

1 「ばかやろう逃げるたっておめえどこへ逃げるんだ!?」
2 「ごめんね・・・許してなんて・・言えないよね・・・。」
3 「しょせん、血塗られた道か」
4 「ははは!!みろ!!人がごみのようだ!!」

 一つだけグループが違うものがあります。どれでしょう?と聞かれて貴方ならどれを選びますか?私はあえて皆さんと違う答えを言います。2が違います。理由はご想像にお任せします。・・・ああでもジブリ知らない人なら当方と同意見になりそうですね。

 ランランラ〜〜〜ン 『なんといういたわりと友愛じゃ,王蟲が心を開いておる.子供たちよ・・・わしのめしいた眼のかわりによぉく見ておくれ 、。。。。。。。古き言い伝えは本当であったか・・・ そのもの青き衣をまといて金色の野に降りたつべし。』

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2004年1月12日 月曜日 はれ

ネットアイドルからメールがきた。の巻ニンニン!!
 突然ですが、今日、ネットアイドルの方からメールが届きました。内容を要約すると当サイトの写真が綺麗だったので私のカメラマンになってほしいというものでした。もうカナリ歳月は過ぎましたが、当方たしかここに「ネットアイドルをプロデュース」したいと書いた事があります。勿論、冗談ですし、そんな気はサラサラありません。しかし、こうして申し出があると、少しドキマギしました。・・・・結果的に断りましたが、いや当然ですが・・・当方カメラマンではなく「絵描き」ですから
 しかし、本当に当サイトはいろんな人が見ているのだなと痛感します。たまに変な人も紛れていてひやひやする事もありますが、プライバシー保護の観点からインターネットに垂れ流す事は出来ません。ということで出し惜しみして、なんだか煮え切らない感がありますが、我慢してください!!モニターの前で正座してください。
 それと一つだけ、一つだけ言わさせてください
「当方コスプレを好む趣味はありません!!」

月に変わってお仕置きよ♪
 二月の俗語、「月が傘をかぶると雨が降る」これは迷信なのか事実なのかわかりませんが、月からの反射光が大気で、主に水蒸気で反射されこのような現象になっていると思われます。迷信かどうかは明日の朝に分かりますね。

サヌカイト情報続報
 昨日、山口大学の方のサイトを勝手に紹介したのですが、そこにサヌカイトが紹介されていました。ほほほ・・・気付かなかったワイ。しかも、なんと地図までついているのでまた勝手に紹介します。
http://volcano.instr.yamaguchi-u.ac.jp/seto.html
地図で紹介されていますが、どうやら嵩山にあるはなだれ岩はちょうど地図上で紹介されている安山岩がある場所と一致しています。紹介したサイトを読まれたら分かるともいますが、要するに高マグネシア安山岩やサヌカイトがある場所だと言うわけです。問題はマグネシュウムの量ですね・・・

実家からミカンが送られてきました。
 お風呂に入るために家に帰ると、黒猫さんが箱を届けてくれました。あけてみるとフカフカになったミカンが大量に入っていました。う〜〜んふかふかのミカンばかりだ・・・商品にならないミカンを廃棄処分したわけだな・・・とか思いながら研究室へ持って帰りました。只今実験中!!
当方、長井雅楽(ながいうた)の子孫でございます。
 聞くところによると、当方幕末の武士、長井雅楽の子孫であると昔聞かされた事があります。して、長井雅楽とは如何なる人かというと、したの幾つかの紹介ページを参照してください。
長井雅楽 http://www1.ocn.ne.jp/~bakumatu/bas5.htm
幕末から学ぶべき事 http://www.tetsureki.com/home/labo/shinso/bakumatu.html
長井雅楽の顔 http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu2/nagaiuta.html
長井雅楽旧宅跡 http://www.city.hagi.yamaguchi.jp/portal/miru/hijiwara/html/nagaiuta.html

と、まぁ・・・長井雅楽を知ってる人は基本的に氏を悪く書く人はいないようです。結果的に長井雅楽が提唱した「航海遠略説」の方向へ日本は傾き明治政府が出来上がるわけです。


人ノ子孫タル者上下トナク其志ヲ継キ事ヲ述ルヲ以テ考ト仕リ候   長州藩直目付 長井雅楽

 からどうして大島に移り住んだかは不明らしく、またある人が調べても分からなかったそうです。じいちゃんがいないので分かりませぬ。無念です・・・そのうち調べようと思います。どこかに家計図ぐらいは保存されているでしょう・・・。
あいもかわらず、サークルに頭のおかしい奴がいる。
 先週、立て看板おを作ったとここに紹介したが、其の看板の上に大量のタバコの灰をぶちまけていた奴がいた。怒りを通り越し殺意を覚える。何故、ここは絵を描くサークルだぞ!絵画を愛するものが、することか?以前は作品の上にジュースをこぼしたりした奴もいた。多分、今回の犯人も同一人物の仕業だ・・・バカにつける薬はない。本当にそうだと思う。絵を書きたくて入ったわけでもない・・・展示会があると、自分は描かされているのだと思ってるような奴は絵を各資格もないし、そもそもサークルに入る資格はない・・・本当にやめてほしい。もう理解しあえるはにはとうに超えているから・・・
自分のルーツをたどる。
 昨夜も奮起し、自分が長井雅楽(ながいうた)の子孫である事より、氏の生き方などを紹介したサイトを紹介したが、その長井雅楽の祖先がだれであるという情報も含まれていたので、そこから更にさかのぼりたいと思う。
文政二年(一八一九年)生まれ。長州藩士。始祖は鎌倉幕府を支えた政治家大江広元の次男であり、主家毛利家はその四男であったという。よって、毛利家臣団のなかでも、長井家は名門中名門であり、長井雅楽自身、藩主の信頼厚い重臣であった。
と、昨日紹介したサイトに記されてある。では、大江広元についてぐぐってみた。

大江広元系図
━━━ 野見宿禰━━ 阿陀勝━━ 磐毘 ━━ 身臣━━ 意富曽婆━━ 小島━━┓
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━ 咋子━━ 大保度 ━━ 首━━ 莵━━ 土徳 ━━ 富杼━━━┓
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━ 祖麻呂━━ 和麿━━ 諸上━━ 本主━━ 音人━━┓
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━━ 千古━━ 維時━━ 重光━━ 匡基━━ 挙周 ━━ 成衡━━┓
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━━ 匡房━┳ 維兼
            ┣ 匡致━━ 和泉式部(橘道貞室、藤原保昌室)    
            ┣ 維順━┳ 挙衡   
            ┣ 廣房 ┣ 成順
            ┃    ┣ 維光━┳ 匡範
            ┃    ┣ 匡成 ┣ 時房
            ┃    ┣ 匡行 ┣ 廣元━━┓
            ┃    ┗ 定智 ┣ 親光  ┃
            ┃         ┗ 秀厳  ┃
            ┗ 有元━━ 女(源義国室)   ┃  
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━┳ 親廣          
       ┣(長井)時廣  
       ┣(那波)宗光  
       ┣(毛利)季光━━━━━┳ 維兼━━ 廣光
       ┣ 女(源義朝妾・義平母)┣ 経光━┳ 経元
       ┣(海東)忠成     ┣ 師雄 ┣ 基親━━ 時元━━ 経高
       ┗(水谷)重清     ┃    ┗ 時親━━ 貞観━━┓(越後毛利)
                   ┗ 女(北条時頼室)       ┃
     ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
     ┗━┳ 親衡━┳ 元春━━ 光房━━ 豊元━━ 弘元━┳ 興元
       ┣ 匡時 ┣(麻原)實廣             ┣ 元就
       ┗ 直衡 ┣(中馬)忠廣             ┣ 元綱
            ┣(小山)元淵             ┗ 就隆
            ┗(長井)廣世
 確かに、大江広元の次男に「長井」がいます。と、この家系図の優れている点は、それ以前も紹介されているところです。で、大江広元から更にさかのぼると・・・野見宿禰までさかのぼることが出来ます。

野見宿禰とは
相撲の起源
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垂仁天皇7年(360年頃か)7月7日、「当麻邑に当麻蹶速(たぎまのくえはや)という者が天下に自分より強い者はいないだろう。もしいたら生死を問わず力比べをしたい」と言っておりますと奏上する者がありました。

そこで天皇が群臣に他に力自慢の者はいないかと訊ねられたところ、出雲に野見宿禰(のみのすくね)というものがおりますという答えがありました。そこで早速両者が呼び出されて試合をすることになりました。これが一般に「相撲」の起源とされています。

もっともこの時の決闘というのはデスマッチです。片方が死ぬまでやった訳で、結果はご存じのように野見宿禰の勝ち。当麻蹶速はアバラ骨をボキボキ折られて死亡しました。そして当麻蹶速の土地は召し上げられて野見宿禰に与えられます。そして野見宿禰はそのまま天皇のもとにお仕えすることになりました。

なお、当時は「日本を作った」権力者・日子坐(ひこいます)が絶対的権限を持ち大和朝廷が福島県から瀬戸内海沿岸に至るまでの地域をその支配下に収めることに成功した時期です。倭姫により伊勢神宮の祭祀も始まっています。

垂仁天皇の皇后は日子坐の孫娘(道主-みちのうし-の娘)の日葉酢(ひばす)姫ですが、やがて皇后が亡くなります。この時、その直前に亡くなった天皇の叔父の倭彦(大彦の子)の葬儀の時は近習を生きたまま墓に埋めるということを行い、彼らが苦しんでいる声が何日も聞こえたということがあり、あれはもうやめようという話になります。そのとき野見宿禰が近習たちの代わりに人形を焼き、それを埋めましょうという提案をしました。

この提案はひじょうにいいアイデアだということで採用になりこれをその後「埴輪(はにわ)」と呼ぶようになりました。

この一連のエピソードというのは、その頃はまだ完全に大和朝廷の勢力下にあったわけではなく協力国的な地位にあったと思われる吉備・出雲文化圏がよりいっそう大和朝廷と緊密になっていく過程を象徴するエピソードなのでしょう。埴輪の文化は中国大陸の文化を知っていた出雲の技術者(野見宿禰)が日本に教えたものと考えられます。崇神・垂仁朝の時期というのは大和朝廷が単に一地方の政権ではなく日本全体を伺う大政権に変貌した時期なので葬儀のあり方についても、中国の大王朝に倣おうとしたのではないかとも思われます。

ですから実際にその直前に生埋め事件があったのかは若干疑問。中国でそういう話があったという野見宿禰の説明が後に、実際に日本でもそういうことが起きたという話にいつのまに変わったのかも知れません。当時の天皇の権力はかなり強力になってきつつあるといっても、れほどムチャが許されるほどの権力ではなかったようにも思われます。

なお、野見宿禰の子孫はこの埴輪を焼く作業に関わったため「土師(はじ)」の姓を賜ります。土師氏も古代有力氏族のひとつです(今でも土師さんはたくさんいますが)。そして菅原道真らを輩出した学問の家・菅原家もこの土師の一系統です。このため天神社に野見宿禰がいっしょにお祀りされている例も見かけます。

参照 http://www.ffortune.net/play/sumo/sumo-kigen.htm
 記録に残る長井の祖先は相撲の神でした。また、埴輪を作る人だったようです。また道真公の親戚のようです。こんなところまでさかのぼれるとは思いもしませんでしたが、いやはやなんだか自分がちっぽけに見えてくるような、また大きな流れの中にいるような・・・

大江広元の末裔
http://www2.justnet.ne.jp/~chin.mitsui-waseda/HISTOOE.HTM

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2004年1月11日 日曜日 はれ

最近、布団の上で寝ていない。
 最近、布団の上で寝ていません。布団がないとかそう言う落ちではなく、ただ家で寝ていないだけです。家は風呂を入るだけで、それ以外のことはしていません。大学から家に帰り湯船を溜め、風呂ですっきりしたところで、また大学へ出かける。これが最近の当方の習慣です。寝るのはカナリ小刻みに寝ています。たとえば15分間隔で寝るとか、苛酷なことをしています。それと言うのも実験をしているからです。本当にうちの研究室の実験というのは体力勝負なめんが多く、また意識が朦朧とする中、何かの発見をしなければならないという課題もあるわけです。そんなわけでココ一週間ぐらい実験をやりっぱなしです。修論のほうはというとあまりすすんでいません。どうにもやる気が起こらないのです。息抜き程度に「本」など読んでいましたがどうもそっちの方が比較的に面白いのでそちらに走ってしまいます。これは大問題です。ただいま読んでいる本はプラトンが書いた「ゴルギアス」です。内容は弁論者ゴルギアスと他の二人がソクラテスと対話をするといった内容ですが、軽く読める書物です。軽く読めるにも関わらず結構深い、あたりえですが・・・深いのです。プラトン、アリストテレス、ルソー、カントと読み進めていきたい方針なのですが、もう少し時間が欲しい今日この頃です。・・・と言う風に、当方の中のカテゴリーの「本」の占める割合が大きくなってきています。ですが、時間的、時期的に当方は研究に打ち込まなければならない時期であり、やる気がなくてもとりあえず「やる」しかないわけです。後は実践あるのみです。そう、こんな事を考えていたら家で寝る暇はありません。しかし、なれれば結構、研究室で寝ると言うのも気持ちがいいものなのです。数十分の睡眠でカナリ頭はすっきりしますし、睡眠自体結構心地がいいので、癖になりそうです。あはは
周防大島・東部
岩の種類とその名前を把握しておらず、どのように形成されたかと言う事に興味があるのですが、名前と一致しないので、まだ良く理解していませんが、周防大島東部の火山活動に関する情報を発見したので勝手に紹介しておきます。山口大学の方でしょうか・・・論文になってるなら引っ張りたいと思います。
http://volcano.instr.yamaguchi-u.ac.jp/suou1.html
サヌカイトのサの字も出てきませんが、安山岩と言う文字はあります。まだ希望(笑)はもてそうです。多分、はなだれ岩はサヌカイトだと思うんだけどなぁ・・・大島の地質を調べた文献とかないかなぁ・・・


地質に関する文献
http://www.aist.go.jp/RIODB/cgi-db011/DB011_jpn_search.cgi?QueryType=1

白木 敬一!太田 真一郎!熊本 和子(1989):山口県周防大島の高マグネシア安山岩,日本の高マグネシア安山岩!文部省科学研究費補助金総合研究(A)(課題番号61302027)(1986−88年度)!島弧における高マグネシア安山岩の地質学的岩石学的研究研究成果報告書, , ,107-117,(山口大学理学部地質学鉱物科学教室)


白木 敬一(1991):周防大島周辺の瀬戸内火山岩,日本地質学会第98年学術大会見学旅行案内書, , ,183-194,(日本地質学会第98年総会・年会準備委員会)



周防大島・サメと一緒のプールに入れるらしい・・・
 もちろん人食いざめではありません。そんなプールにはいったら、いや誰も入りません。しかし、大島の一番端、東側にあるなぎさ水族館でネコザメやドチザメがうようよいるらしいです。実際見た事がないのでどういうものか分かりませんが、いやぁ〜〜かまぼこにしたいですね。ちなみになぎさ水族館には流氷の天使のクリオネがいます。実際は獰猛な吸血鬼貝なわけですが・・・(笑)
●なぎさ水族館
 約200種の海の生物を展示しており、タッチングプールでは、実際に海の生き物に触れることができる。オホーツクの海にすむ「流水の天使」クリオネもここで見られる。

知られざる周防大島のイベントログ

2001年7月7日〜8日の2日間、お仲間と映画「ときめきメモリアル」のロケ地
だったらしいです・・・ヲタクな人にはうれしかったのでしょうが、いったい誰が見るんですかその映画・・・誰を対象としているのか良く分かりません。2次元戦士を対象としているのか・・・はたまた、アイドルヲタを対象としているのか・・・
所さんのダーツの旅は二回当たっている。

ダーツかどうか分かりませんが、二回同じ番組で取り上げられているのは確かです。当方ぼんやりとたまたまその番組を見ていると、どこかで見た事のある風景画モニタに写りまさかなぁ〜とか思ったのですが、大島の紹介でした。なかでも最高食材「干しあわび」の紹介が良かったですね・・・久賀町の何処かのお店にスタッフのサインの色紙が飾られているとか(笑)
見せる岩たち 周防大島
http://www.page.sannet.ne.jp/gravity/seto/kigan1.htm
 また断りもなく勝手にリンクを貼り付けています。いつか怒られると思いますが、伝えたいものは伝えたい!!これが厳門(がんもん)という岩です。たしか小学校6年の夏にはじめて訪れた場所です。クラスのみんなで行きました。なぜこんなにもハッキリと覚えているかと言うと、その日の早朝に蚊取り線香の飢えに右手を置いてしまい、やけどをした日だからです。その日以来、当方の生命線は二手に分かれています(笑)そんな日だったから、ハッキリと覚えているのです。本当は楽しい日になるはずだったのに・・・手の痛みが激しくてそれどコロではありませんでした。中学校になってからは卓球部の同級生、近所の友達とよくがんもんに行きました。そう、高校生のとき厳門で泳ぎすぎ、気管気胸という病気になって入院しました。気管に穴があきそこから肺の周りに空気が入り込み寝ると息が出来なくなるどころか心臓の周りがこれでもかというぐらいいたむ恐ろしい病気です。幸い、内の家族のその痛みを口で表現したものの数日間放置され、一人激痛と戦いながら・・・というか体を起こして寝て創意工夫をもって過ごしました。そのうち家族も当方があまりにおかしい事に気付きようやく病院へ連れて行ってもらったのですが、病院の先生に直ぐに入院しろと・・・症状が進行したら(空気がこれ以上漏れたたら)直ぐに手術しますからと、腕の立つ先生とし有名な方のですが、その他にも手術好きとしても有名な方で、もう当方夜も眠れませんでした(嘘)そうそう、看護婦さんにほんとだわ首の周りに空気が入ってるとプニプニされて少し興奮してしまいました。当方恥初めての入院・・・点滴がはずれて激痛に耐えました・・・「外れてるなら呼んでん下さいよ」と言われるが、そう言うものだと思っていたので・・・・(痛かったなぁ)話がかなり蛇足しましたが、どうも厳門に嫌われているようです。アソコニ行くとあまり良い事がない。ちなみに厳門は女の象徴であり。そこからグルーとまわったところに、立岩というのがあります。そこは男の象徴らしいです。そして、その間に夫婦池という砂浜があります。夫婦池から立岩方向へすすむと綺麗な岩場があり、そこは結構お勧めなスポットです。といっても少し絶壁気味なので泳げませんが・・・綺麗なエメナルドグリーンの海が広がっています。

参考 
仕合せ祈願物語(四岩合わせ奇岩) 
四境の役 幕末の周防大島
http://www.i-unic.com/unic/boucho/oshima.html#Anchor-26466
http://ww52.tiki.ne.jp/~wanpaku/1-99.htm
周防大島関連
一部カシミールで制作された図があります。
http://www.terra.dti.ne.jp/~akimasa/html/hyakuzan/view/hiyama_view.htm
気になる本
http://www.mmjp.or.jp/jst/index/jst09795.htm

宮本常一(著作)に関する書籍の紹介です。http://webclub.kcom.ne.jp/ma/yamasho/miyamoto/miyamoto-shoseki.htm

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2004年1月10日 土曜日 はれ

気になるニュース


1918 7 安下庄に米騒動が起きる。
参照 米騒動(こめそうどう)
 1918(大正7)年7月23日〜9月17日。米価騰貴を原因とする民衆暴動。1890(明治23)年、1897(明治30)年に北越地方などで起きたが、一般には1918(大正7)年7月〜9月の全国的暴動を指す。シベリア出兵をあてこんだ米の思惑買と政府の米価調節失敗のために米価が急騰。7月23日、富山県魚津の主婦らによる県外への米移送阻止が暴動の発端となり、暴動は全国1道3府32県36市129町145村。当時、東京都は東京府)に広がりり、検挙者数万名、起訴者は7776名に達した。政府は米屋に米を廉売させ、恩賜金、政府支出金を放出、新聞報道を禁止し、鎮圧に警官のほか軍隊も出動させた。この暴動で寺内正毅内閣が倒れ、原敬内閣が成立した。騒動の影響でこの年の全国中学校野球大会(現在の「夏の甲子園」)が中止された。越中女房一揆
 ええと、昔、小学校5年生か6年生のころの話ですが、当時の教頭先生、あだながタールマン(映画ゾンビに出てくる最初のゾンビ、ドラム缶に入ってます)。そのタールマンが教えてくれました。ここからは不確かですが、タールマンが子供だったころ、米騒動を経験したらしいです。大人たち、つまり農民が庄屋の家の蔵に押しかけ、扉をこじ開け、安下庄の通り(県道)に米俵を撒き散らしたらしいです。庄から安高まで全長10kmも米をぶち撒いたらしいです。タールマンは、こんな田舎でも米騒動が起きたんですよと、社会の歴史の授業で自分の経験を語ってくれました。たしかに米騒動が起きた場所は1道3府32県36市129町145村で歴史の教科書(山口の歴史、もしくは大島の歴史と言う本です)に安下庄にも赤丸で米騒動が起きた印がついてました。まさか生き証人から米騒動の歴史を習うとは!!それにしても昔の安下庄の方々はバイタリティーに満ち溢れていたのですね。・・・これを書いてみて気付きました。これは当方が6年生の時の話です。担任の先生が病気になり入院したため、その穴を埋めるために色んな先生の授業を受けました。産休と違いいつ退院するか分からないので、こういう自体になったのだと思いますが、教頭先生から社会の授業を、校長先生からは算数を習いました。たしか校長先生は教科書に載っていない鶴亀算などを教えてくれたり、テストを返す時は一人一人、校長室にはいってテストをもらうなどという、小学生の心をくすぐる何ともいえない妙技をみせてくれたもんのです。担任がビョウキだと言う不安を解消するためか、それとも教壇にたたなくなった先生がただ奮起したかったのか、今では知る術はありませんが、当方が算数や社会がすきになったのはこういう経験があるからだと思います。ちなみに理科も好きでしたがこれは両親の存在だと思います。また機会があれば書きたいと思います。

タールマンは見た!!亡霊を・・・(ゾンビのくせに)
 安下庄に丸山という小さな山があります。小学校の裏手にあり、戦没者の追悼碑などがあります。タールマンが子供のころの話をしました。丸山での出来事です。それは 「馬に乗った落ち武者」の幽霊も話です。 そのような事をいう先生ではないと、勝手に思っていたので、 かなり当時は信じてました(笑)それ以前から幽霊が出るとは子供間で、 まことしやかに噂が飛び交っていましたが、教頭先生の話はかなり信憑性があり、 話し方もリアルだったことを覚えてます。 たしか、東の方から馬の走る音が「ぱっぱかぱっぱか」聞こえてきて 白馬に乗った武者が西へ駆け抜けて行く言う話だったような・・・。 「ぱっぱかぱっぱか」と言うところがかなりリアルでした(笑)

 どうもネタは以下の伝説が元のようです。小学生の間では長年語り継がれている七不思議みたいなものになっています。現代も残っているかどうかは分かりませんが、せっかくなので紹介します。

草木も眠る丑三つ時、真宮様はよろいかぶとを着け 白い馬にまたがってポカポカと真宮の街をお通りになる。 丸山の梵鐘が鳴ると真宮様がお出になるので  真夜中は梵鐘をつかぬこととなっている。 ある人が真夜中に丸山の下を通っていると ジャンジャンとくつわの音がして黒いものが駆けてくる。 「ひええ!真宮様のお通りじゃあ!」と地べたにひれ伏すと 奥の鍛冶屋の市兵衛さんの牛が  杭を引き抜いて牛小屋から走り出てきたのであった。 真宮様は、大晦日の夜には必ずお通りになる。 真宮様に抱きつくと大金持ちになるという。
し・・・しまった!!
大晦日に丸山に行けばよかった!!


えんこ
 『えんこ』とは安下庄で語られる亡霊、幽霊、妖怪、生物、ユーマの一種です。何をする生き物(?)かと言うと泳いでいる人の足を引っ張る生き物(?)です。この生き物がよく出る場所が『亀島』というところです。小学生はそこでは泳ぎません。『えんこ』が出るからです。当方、未だにそのえんことであった事がありませんが、もし出会えるたなら、カメラつき携帯でパシャとやりたいものです。生きてればの話ですが・・・
最近、周防大島ネタが多くなりました。
 ここ最近、周防大島ネタが増えてきました。18年間過ごした場所なのでネタに不足する事はありませんので、記憶を頼りに色々思いふけるわけです。そうそう前も書きましたが、我が故郷である大島四町は合併します。今まさに全国で市町村合併ブームが沸き起こっているわけですが、原因はこれです。
市町村合併推進体制整備補助金要網
これを読む限り平成17年3月31日までに合併が行われると、都道府県体制整備補助金、合併準備補助金、合併市町村補助金がもらえるようです。
 要するに補助金欲しさに合併しているわけです。しかし、どうでしょう・・・合併すると補助金以外にもメリットがあるのでしょうか?そしてデメリットは・・・当方の浅はかな考えでは役所などにたいする経費削減ができる。役人があありすぎて公務員の数パーセントは遊んでいるのが実態と思われます。小さな田舎ではコネで勤めてる人も大勢いるでしょう。そう言う人たちを、弾劾できるわけです。「働け!」と。デメリットとしてはサービスの低下が起こりうるということです。合併する事により、一つの役所の守備範囲がひろがるので、社会的に末端にいる人に、また弱者に特にサービス低下が起こりうる可能性があります。しかし、どうみても、役所にとってはつまり行政にとってはメリットがありませんので合併は望まないのでしょうが、助成金が出ると言う事になれば話が違うのでしょう。行政が言わなくても立法(議会)が合併を望み、行政は動かざるを得ないわけです。というかんじで合併はトントン拍子で進み、大島四町も「周防大島」になるわけです。最近の大島というのは奮起しています。風前のともし火なのかもしれません。しかし頑張っているのです。当方も応援します。そして、自分ができることをやってみたいと思うわけです。自分のできることとしては「周防大島」の良いところを人様に伝える事。これでしょう!ということで最近大島ネタが増えたわけです。はい!!

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2004年1月9日 金曜日 はれ

リオの伝説のスピーチ
ネットサーフィンしていると以下のようなスピーチの紹介があった。このスピーチは「リオの伝説のスピーチ」として語り継がれているらしいです。
1992年6月。ブラジル、リオ・デ・ジャネイロ。
環境と開発に関する国連会議(環境サミット)に集まった世界の指導者たちを前に、
12歳の少女、セヴァン・スズキは語り始めました。
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 こんにちは、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。エコというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。
 今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。

 私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。
 太陽のもとにでるのが、私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらは、もう永遠にもどってはこないんです。

 私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?あなたがたは、私ぐらいのとしの時に、そんなことを心配したことがありますか。
 こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。 死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。
どうやって直すのかわからないものを、
こわしつづけるのはもうやめてください。


 ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。
 私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。私は恐い。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。

 私の国でのむだ使いはたいへんなものです。買っては捨て、また買っては捨てています。それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。
 カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。

 2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。
 「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」
 家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。
 これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子どもだったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。
 もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけどこのことを知っています。

 学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、

争いをしないこと
話しあいで解決すること
他人を尊重すること
ちらかしたら自分でかたずけること
ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
分かちあうこと
そして欲ばらないこと
 ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。

 なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。
 親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子供たちをなぐさめるものです。あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。

 父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。
 最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。

(翻訳・佐藤万理、辻信一) 原文
 このスピーチはあらかじめ用意しておいたものではなった。しかし、他のどの国のリーダーの、どんなスピーチよりも、強く、痛く人々の心に訴えてざるを得なかったという。たった6分のスピーチで人々の心を揺さぶる事ができるこのスピーチに私達は何を思い、行動するか、私達は彼女のスピーチに答えなければならない。
安曇野の水
 大学の生協さんには毎日お世話になっています。昨日のことなのですが、昨日から徹夜実験モードに入ったので、大きな容器に入ったお茶でも買おうと広大生協北一店いぅったのですが、当方、日本の茶が好みなので安い緑茶を探していたところ、紙切れにCo・opオリジナルのお茶2gが200円で売られていました。しかし、残念な事に緑茶は売り切れており、ウーロン茶はありましたので、しょうがなくウーロン茶を買う事にしました。当方ウーロン茶は苦手なのですが、そのパッケージの一節に目が止まりました。「安曇野の水使用」と書かれています。安曇野って何処?・・・と言う事で例の如くググってみます。
安曇野ちひろ美術館
http://shinshu.online.co.jp/museum/chihiro/chihiro.htm
安曇野通信
http://www.valley.ne.jp/~choogro/


どうも信州・・・長野知事が長野県を信州県に変えようとかいってる県に安曇野はあるっぽいですね・・・Googleで調べるとどうも詳細が出てこないのでJR路線で調べる事にします。・・・分かりませんでした。安曇野という地名はありません。で地図検索してみるとどうも安曇と言うところが長野、滋賀、鳥取にあります。最初にググッた時に安曇野のというところで長野が引っかかっているので安曇野の水は長野県の水であるのでしょう

と思考をめぐらせましたが、よくよく考えればウーロン茶のパッケージの裏に書いています。長野県南安曇群掘金村大字鳥川と・・・(笑)
地図ええと・・・とりあえず地図を見ていただけますか・・・ええと・・・なにも何のですが・・・ここで作ってるんですか?

地図をぐりぐりやってると見つかりました。安曇野 map

本を読む事
本を読むと心の声がじょう舌になる。

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2004年1月8日 木曜日 はれ

マーブリングとマーブルチョコ
 昨日の事ですが、立看板を制作している時に水入れの水が綺麗なマーブリング模様になっていました。絵心ある団体ですから、そこから絵画の会話になるわけです。当然です。マーブリングをやった経験などが話題に上るわけです。しかし、当方ら生理現象は無視できません。当然、絵画集団という枠組みから抜け出せても人間ですから人間の枠組みからは抜け出せないのです。誰かが言いました。「マーブルチュコ」と人間、食欲には勝てないのです・・・皆さん、マーブルチョコをご存知でしょうか・・・横で紹介してるようにマーブルチョコとは色んな色のチョコレートです。はてさて・・・そこで疑問が浮かび上がったのです。我々、絵画を楽しんでいる人間の思う浮かべる「マーブリング」という技法とマーブルチョコでは明らかな見た目の違いがあります。マーブリングとは水の上に水溶性の絵の具をのせ、そこに紙を上からかぶせる事で、水面にある絵の具の模様を紙に染める技法だと当方は思うわけです。これは水彩を楽しむ人間の考え方です。イメージ的には絵の具が渦を巻いたり、綺麗な曲線を描き、幾何学模様になるわけです。しかし、このイメージとマーブルチョコは違うわけです。とういうことを言いたいわけです。さて、では問題のマーブルとは一体何か、まずそこから調べないと話にならないと思い調べました。
マーブルとは その1
ゲームするのに必要な仮想マネーです。アイテムを買ったりする時に使います。7ポーカーはポーカーマネー、アサルトギアは、ギアマネーを使います。
参照 http://www.netmarble.ne.jp/help/main_2.asp#マーブルとは?

マーブルとは その2
マーブルとは大理石のことですが、実際にはカラフルなチャートがマーブルと間違えられて、
参照 http://nh.kanagawa-museum.jp/tobira/5-1/koide.html

マーブルとは その3
マーブルとは「おはじき」という意味で、このゲームのキャラクタが昔懐かしいマーブル・チョコレートに似ているところから名付けました。
参照 http://www.aikis.or.jp/~hirohata/softroom/marble.html
上の参照はググって拾ってきたものです。マーブルがだんだんとわかってきました。まず一番上は冗談ですが、マーブルとは英語で『大理石』のことです。英語と言うのは確からしいです。
エージ郎で調べると
大理石 marble●marble stone●rance
実はスペルが分からなかったので・・・英和でひけなかったり(笑)
marble
【@】マーブル、【変化】《複》marbles、
【名】おはじき、ビー玉(遊び)、ビー玉のようなもの、大理石、大理石の彫刻、知恵
【他動】大理石模様にする、(肉を)霜降りにする /
【用例・名】 He's missing a few marbles. : 彼は頭が変だ。
ココまでくると意味が分かります。要するにマーブルチョコとはおはじきみたいなチョコレートという意味ですね。マーブリングとは大理石模様のアートだと言う事です。


大理石は主に動物の骨や貝殻、炭酸カルシウムの沈殿でできたもので美しい色調と模様から日本では高級感を表現した内装壁床材等に広く使われている。



 と、まあググってココまで調べてみると、なんだそう言うことかと、安心感を覚える。ちなみに立看板制作時にはこのエピソードには落ちがついてる。
長井 「マーブル・・・マーブルって何処の言葉だろう・・・ぅ〜〜んフランスっぽいね!
フランスの王朝に○×◆%(声が小さすぎて聞こえなかったらしい)」
ギャラリー: 「それはルーブルだろ?それに王朝じゃないし・・・」

一言だけ言わせてください・・・小言で言ったのはブルボンでした・・・(涙)そんなに素で返されたら、弁明するのが恥ずかしいので、ルーブルで間違えたことにしておきました・・・とほほ
I am missing a few marbles

マーブルについての感想

 marbleを辞書でひいて、今回の疑問は解決されたわけですが、実はよくよく思い出してみると、実は知っていました。そう、中学校時の美術の授業で先生が言っていたような気がします。いや、英語の先生だったかなぁ・・・小学校の時の先生かも・・・いやまぁどうでもいいやぁ。甘いものが食いたくなってきました。それともう一つ付け足すとマーブルチョコのメーカーはブルボンではなく、明治製菓です。お菓子つながりとブルつながりでフランスだったわけです。チャンチャン
参照サイト ルーブル美術館 http://www.louvre.fr/
大理石の種類 http://www.stone.co.jp/dairiseki/c1.html

ほんのりやさしさ
 購入した商品を自分で袋に入れなければいけないような店で、レジうちの店員さんが袋に商品を入れてくれると、俺に気があるんじゃないかと、思ってしまいます。特に若くてかわいいバイトの店員さんだと・・・
アナログな生き方とデジタルな生き方
 だらだらとながく書いていきたいけど、適度に区切りながら最終的にだらだらながく、そして且つシンプルになるような文章を目指そうと思う。だから今回は次の回に今回思った事をおも出せるきっかけになればそれで今回の書き込みは充分役割を果たしたと言えるような文章であればよしとしよう。
 デジタルな生き方と言うか、デジタルな判断というのは合理的な判断と言える、○か×か、0か1か、あるかないか・・・そういう二者択一な判断方法で生活の中で、そういう判断方法をすれば何事もスピーディーに物事を決められ、それは合理的だと言える。其れに引き換えアナログな判断はどうであろうか?これは詳細まである判断だ、「どちらかと言うと○とか×」「0.1とか0.5とか」「さっきまであったかもしれないとか」要するにあいまいさを残す判断であり、詳細でもあるわけだ。しかし、このようにアナログ的な判断だけをしていると、何事も判断出来ず、詳細ばかりを追い、ともすればあらぬところに話が言ってしまう事もある。
 しかし、今回、こういう考察をしていくうちに「デジタル」には非常に危険な事柄もあることに気付いた。それは、「誤解」だ。たとえば・・・
バケツの中に水が入っていたとする。AさんとBさんがいて、AさんはBさんに水が入っているか確かめるように頼んだとする。そして、Bさんは「水はありました」と答えた。そこで、Aさんは、その水で花壇に水を上げようと思い、バケツを持つと水は入っていなかった。
さて、これはどういう事か・・・Aさんは水が入っていないと言い、Bさんは水が入っていると言う。ではAさんとBさんの詳細を詳しく解説しよう。Aさんは花壇に水をやるという目的で水の有無がしりたかった。BさんはAさんに水の有無を聞かれたので水の有無を調べた。BさんはAさんの目的をしらなかった。だから、ようするにバケツには水がわずかに入っていて、BさんはAさんにデジタル的な判断を知らせたのである。水の量は0ではない、つまり1の判定を下し、水は入っている。そして、Aさんはバケツの水の量をみて、0ではないが限りなくゼロに近い四捨五入的な判断で0であると判断したわけである。これが当方のしてきするデジタル的な判断による「誤解」の現象だ。ココを見ている人に問いたい。これって「ドッチが悪いの?」これで色々まずいところを指摘すれば、デジタル的な判断のデメリットが見えてくるわけである。と、未来の自分に言ってみる。おまけとしてアナログをやりすぎてみる。
バケツの中に水が入っていたとする。AさんとBさんがいて、AさんはBさんに水が入っているか確かめるように頼んだとする。そして、Bさんは「HO、つまり水は1.34cc±0.04ありました。でもね、あの中にH2O以外にもOやH2が0.001%は入ってると思うよ。」と答えた。しかし、無学なAさんは何の事だか分からず、結局、自分でバケツの水を調べた。
これは詳細が行き過ぎて意味不明な回答になった例である。つまり、人が何かを判断する時は、「目的」が大事だと言える。Aさんが目的さえ言えばBさんは其れに従って適度な回答をしてくれたと思うわけだ。無論、だからAさんが悪いと言うわけではない。まあどうでも言い話だけど、現実的に起こりうる問題として、こういう問題を回避するための「技術」を身に付けることが心を健康にさせてくれると思うわけです。
デジタルによる自分への誤解
 さっきはAさんとBさんという二人のやり取りでデジタルな判断が『誤解』を生じさせるという話を書いたが、実際問題、一人でも同じ事が起きるのでは?と興味が出てきたので考えてみた。
Aさんは勉強苦手だったので嫌いだった。しかしテレビゲームは大好きだったので家にいる時間が大好きだった。Aさんは家に帰るとすぐにゲームをはじめ、宿題もやらず毎日を過ごした。そのうちAさんは学校が嫌いになり不登校児になった。つまり、そして、学校の友達に顔を合わすのが怖くなり引きこもりになった。
と、また、自分が話しやすいように作り話をしました。ではAさんの詳細を述べます。まず、Aさんは勉強が苦手だったとありますが全て苦手だったのでしょうか?一つくらいは好きな科目があったかもしれません。しかし、Aさんは全体的には勉強が嫌いだったわけです。これが一つのデジタル的判断です。また、ゲームが大好きであり、常日頃、ゲームの時間を大事にしたのでしょう。家では勉強のことは考えない。学校では勉強、家ではゲームというデジタル化がすすんでいき、嫌いなものはもっと嫌いになり、好きなものはもっと好きになったわけです。そして、勉強が嫌いから学校が嫌いになり。ついに自分が社会の中で保てなくなるほど、嫌いは嫌いにすすみ、好きは好きになってしまったと言うわけです。
 0から1の範囲で嫌いな方向を1としますと、勉強が嫌いというのがAさんにとって0.9ぐらいな存在だったとします。そう0.1は好きなところもあったでしょう。しかし、頭ごなしに自分に向かってAさんは「勉強は1だ」とデジタル的判断をしたのです。そして、その勉強も含む学校と言う存在が、最初は嫌い度は0.7くらいで、好きな個所も沢山あったかもしれません。しかし、勉強嫌いが加速し、結局学校もデジタル判断で1になってしまったのです。そして、1の部分を、つまり嫌い度Maxを回避するために、その存在自体を自分の中で消してしまったのです。本当は勉強の中でも好きな部分があったのに、学校と言う事ところも結構好きなところがあったのに・・・Aさんは自分に誤解をしたのです。させたのです。

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2004年1月7日 水曜日 はれ

徹夜すると辛いです。
 昨日からずっと起きてていたために、意識が朦朧とします。意識が朦朧とするのは寝不足が原因であることは間違いありませんが、それはすなわち身体的なものがもたらす経験な訳です。しかし、疲れの原因はそれだけでしょうか?寝て疲れが取れるのはたしかですが、『思考』に関して言えばそんな事はありません。『思考』は疲れは寝ても取れないことがあります。思考の疲れとは、つまり何かを考えようとする体力はあるのに、気力がついていかない状態なのです。こういう状態は経験的に『寝る』という動作によりすこぶる回復できます。しかし、逆の状態、体力はあるのに気力が疲れ果てている。すなわちやる気が出ない状態では、其の回復方法が『寝る』という状態で経て回復できるかというと、それは経験上疑問を持たざるを得ないわけです。もっと詳しく見てみるとします。そもそも気力が状態の根源とはなにか、それについて考えてみたいと思います。気力が疲れる状態に陥るには二通りのパターンで大別できると思います。一つは体力の疲れによる連鎖的反応、もとより心身とは現実的身体により動いているわけですから、この身体が弱ればおのずと「思考」の動きが悪くなると考えられます。そして、もう一つのパターンは、それは純粋な心の疲れだと思うのです。つまり、ストレスなどといったものです。心理的な原因、体のどこかが悪いといったものではなく、外科内科がみてもどこも異常はないけど、心は異常な状態。これがもう一つのパターンだと思うのです。先ほど寝ても心の疲れは取れないと言いましたが、これが当てはまるのは後者のはずです。寝てストレス解消されることはないでしょう。ストレスの原因を断ち切ることは、回避策を見つけない限りこのパターンの心の疲れは取れないはずなのです。さて、なんで、こういう話を持ち出したかというと、当方いますこずる疲れているからです。其の疲れの原因とは何か、そこを少しだけ理解しやすいように分類するための箱作りをやってみました。今のところ、その箱に今の疲れの原因をひとつひとつ入れ込む事は避けようと思います。そんなことをするよりも修士論文をとっとと書き上げることが何よりも健康的になれる方法の一つだと分かっているから・・・
パソコンの調子が悪い。
 かねてより心配していたことが現実的な問題となってきました。パソコンの調子が悪いのです。原因は幾つかありますが、ハード面の問題と今は思っています。もしかするとOSやアプリケーションの問題でシステムを再構成すれば直る問題なのかもしれません。そっち方面に関しても思い当たる節があるからです。しかし、現実的に問題がある場所を以前発見しパソコンの寿命を感じていたので多分、其の箇所が問題であると思います。思い起こすとパソコンの調子が悪くなったのはHDD(160G)を増設してからです。こういう場合はまず疑うべきは電源の容量不足です。HDDを5つもつければ電源が足りなくなる可能性は十分にあります。またHDDに常にアクセスする状態にすいればシステムが落ちます。これに関しても思い当たるところがあり、たまにパソコンが再起動しているのです。しかし、実際目の前で再起動しているのをみた事はありません。気がつくと再起動しているのです。つまりOSが立ち上がった状態になってることが最近たびたび起きています。ウイルスの可能性もありますが、スキャンには引っかかっていません。ここまでうだうだと書きましたが、今のところそれらは可能性であり確かめていないので憶測に過ぎません。しかし、一つ完全に逝ってるところがあります。それがグラフィックボードのファンです。HDDを入れる時についでに確かめたのですが、ファンが異常に重くなってました。稼動させすぎて軸が逝っちゃってるものだと思います。もしくは埃が軸に入ってしまってグリースが役に立っていないか、何はともあれ、最近のパソコンのファンの質の悪さには驚かされます。電源ファンが壊れるのを2回経験しました。他のファンも幾つか壊れるのを数箇所のパソコンで見ました。勿論、誇りまみれの部屋にいるからということも考えられなくはないのですが、それでも壊れすぎです。特にファンだけの別売りの物は置いておいてOEMで入っているようなものが特に壊れやすい。電源付ケースなどの中に入ってる電源の中のファンなど分解してみるとすごくお粗末なつくりになっていて、すぐに壊れてしまいます。と色々ぐちるところがあるのですが、信頼するAopenのグラフィックボードの耐久性がこんなにもお粗末であることが悔しいです。裏切られた気分です。今はファンだけを変えるべきか、ボード自体帰るべきかすごく迷っています。最悪の場合、グラフィックボードを更に高性能なものに変えて、画像関係は強化できたが、電源が不足しシステムがおかしくなり、問題が別のところに移り、一見問題が解決しないような状態になることが一番恐ろしいことです・・・はてされ、どうしようか非常にこまりました。ちなみにグラフィックボードをかえるとシステムがおかしくなることが良くあるので、変えたくないのが本音です。其の前にモニターもたまにキーンという音をさせているので液晶へと移行させたいのですが、金が・・・アヒヒ
卒業制作展
 我がサークルでは卒業生が展示会を催すのが恒例となっております。当方、昨日の徹夜実験の帰りにBOXに立ち寄ったのですがその展示会の作業をやっていたので少しだけ手伝いました。作業は3人だけでしましたが、つくづく感じました。展示会はこういう下準備をすることで、各々のモチベーションが高まり最高の作品、展示会が仕上がっていくのだと、やはり日ごろの積み重ねって何でも大事ですね。やらされるのと自主的にやるのでは結果的に結果の意味合いがぜんぜん違ってきます。
ちなみに写真は立て看板作りです。文字はまだ書いていませんが、イメージははとが飛んでいるものらしいです。ええと・・・キャッチコピーは「ボクタチトビマス」らしいです。

卒業制作展 『ボクタチトビマス』
2月18日(水)〜2月23日(月) 午前10時〜午後9時まで
フジグラン 東広島店 2階通路
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主催:アクリル水彩同好会卒業生、修了生一同


ボクノタカラモノ
昔から石が好きで、集めていました。初めてパワーストーンと呼ばれる類の物を手に入れたのは中学生のとき、小郡駅だったか徳山駅だったかは忘れてしまいましたが、そこで石のつかみ取りをやっていました。おばちゃんが親切な人手、何個かサービスしてくれました。写真の結晶の類は再結晶キットで作ったものです。英語のパッケージだったために内容は良く分かりませんでしたが、ダイヤモンドとか思いっきり嘘が書かれていて今思えばなんだかなぁ〜という商品です。これらは高校の時に作ったものです。多分塩の類です。ダイヤモンドとか高価な宝石とパッケージには書いていましたが・・・(笑)

学食に例年通り「七草がゆ」がメニューにのぼり・・・
広大学生食堂は季節の食べのに敏感です。今日は1月7日なので七草がゆがメニューに入ってました。そうクリスマスには鳥の足が・・・そんな感じなんです。しかし、学生向けの食堂であるがゆえにメニューの値段が低く設定されています。ようするに似て非なるものが多く、今回もそうでした。学食の七草粥は

大根、かぶ、にんじん、白菜、春草

ななつの草が入ってない上に・・・違うし・・・大根、かぶまではあっていますが・・・(笑)まあ、美味しければ別に問題ないのです。味に関しては値段の割りに上手いと思いますので文句なし!満点ですね!異議がある方もいるでしょうが・・・
「七草」というと、俗に「春の七草」と「秋の七草」がありますが、一般には春の七草の方が有名ですね。俗に、春の七草は食べるもの、秋の七草は見て楽しむものといったところでしょうか。

春の七草 セリ、ナズナ、ゴギョウ(ハハコグサ)、ハコベ、ホトケノザ(コオニタビラコ)、スズナ(カブ)、スズシロ(ダイコン)
秋の七草 ハギ(萩)、オバナ(尾花)、クズ(葛)、ナデシコ(撫子)、オミナエシ(女郎花)、フジバカマ(藤袴)、アサガオ(朝顔)
※秋の七草のうち、ナデシコはカワラナデシコのこと、アサガオはキキョウのことだとされていますが、ムクゲあるいはヒルガオのことだとする説もあるそうです

春の七草とは?

元々1月7日は中国で「人日(じんじつ)の節句」と呼ばれ、前漢時代に東方朔が記した占い書によると、この日に人の1年の吉凶を占ったといわれ、この日が晴天なら吉、雨天なら凶の兆しであるとされていたようです(ちなみに、1月1日は鶏、2日に狗、3日に羊、4日に猪、5日に牛、6日に馬、8日に穀を同様に占ったようです)。それで、この日に邪気を払うために七草の入った粥を食べ、1年の無事を祈ったのだといわれています。

日本では804年に記された「天皇神宮歴史帳」にその記録が残っているようです。平安時代には春の七草は「若菜」「春の草」と呼ばれてもいたようです。ただし、この頃の七草粥は七種粥と書かれ、米・粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の、七種(ななくさ)の穀物で作られたとも言われ、現在のような七草が使用されるようになったのは鎌倉時代になってからだと言われています。

この七草に象徴される青菜はビタミンが豊富で、消化促進効果もあり、また血圧も下げる効果もあるなど、野菜の不足がちな冬を健康的過ごすという意味があると共に、初春の野に芽吹いた若菜の生命力を食することによって邪気を払い、その年の無病息災を願うという意味もあるようです。

名称 備考
セリ セリ科の多年草。湿地などに自生。解熱、健胃、整腸、降圧作用がある。
ナズナ アブラナ科の多年草。別名ぺんぺん草。道端などで自生。利尿作用あり。
ゴギョウ キク科の多年草。ハハコグサとも呼ばれ、道端などで自生。去痰、咳などに効果あり。
ハコベ ナデシコ科の多年草。別名ヒヨコグサ。道端などで自生。歯槽膿漏に効果あり。
ホトケノザ コオニタビラコ。キク科の2年草。シソ科のホトケノザとは別。湿気のある草むらに自生。解熱・解毒作用あり。
スズナ カブのこと。アブラナ科の1年草。七草では小カブの葉を使用。利尿や便秘に効果あり。
スズシロ ダイコンのこと。アブラナ科の1年草。七草には小型の山田ねずみ大根が使用される。食欲増進、利尿作用などあり。

ちなみに春の七草には意味が込められており、
     セリ=競り勝つ
     ナズナ=撫でて汚れを除く
     ゴギョウ=仏体
     ハコベ=反映がはびこる
     ホトケノザ=仏の安座
     スズナ=神を呼ぶ鈴
     スズシロ=汚れのない清白
を意味しているそうです。

 春の七草とは、おせちでもたれた胃にはありがたいものです。でもその昔・・七草を入れるものではなかったんです。奈良時代七種と書いてななくさと読み、七種類の穀物を入れて食べていたんですその七種類とは、米、大麦、小麦、粟、きび、大豆、小豆。それが平安時代、季節感も加わり、七つの草を入れるようになりました。

頭大丈夫なのかと・・・
日本の核兵器保有も合憲 専守防衛条件に中曽根氏

・中曽根康弘元首相は7日、東京都内の日本外国特派員協会で講演し、 日本の核兵器保有について「憲法解釈論としては、(日本の防衛政策で ある)専守防衛に役立つ範囲の核兵器は憲法違反ではないと思う」と述べ、 条件付きで合憲との認識を示した。

 ただ「専守防衛の範囲内で核兵器を持つことは禁止されていない。その 解釈を申した。持つか持たないかの政治的判断は別のものだ」とも指摘、 実際に保有するには政治的な判断が必要と強調した。 今後の政局については「参院選で惨敗すれば(小泉純一郎首相の) 対抗馬が生まれる可能性が極めて大きい」との見通しを示した。 また、今後、具体化する憲法や教育基本法改正をめぐり与野党で賛否が 交錯しているとして「政界再編が2年か3年、5年の間には必ずあるだろう」 と述べた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040107-00000124-kyodo-pol
 本当、森とか中曽根とか一体普段何を考えているのか・・・こういう発想に行き着くのって独裁者が側近をどんどんピケしていくあの発想ににてるよな・・・核武装して日本は何を言いたいのだと・・・世界を見て核武装している国は隣国にどういう刺激を与えているのかと・・・世界の終わりって近いのかもね。中曽根康弘元首相に聞きたい「貴方はどうして核武装したいのか?いや、其の前になぜ核武装は合憲だという議論を持ち出すのか?」と其の対話(議論)なしに、ただただ「合憲だ」と主張している人間を誰が信仰しなければならないのかと・・・広大に反戦と訴えつつなにかとバトルを好む意味不明な集団がいるけど、それ以下だな。

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2004年1月6日 火曜日 はれ

本は読まなければならない。
 昨日、説教されたのですが、それはただのきっかけのひとつに過ぎません。自己認識しているものを他人に指摘されただけで、要するに確固たる事実になった訳です。このことを説明するには少し時間をさかのぼらなければなりません。当方、以前より、理解力が足りないと思っていました。特に本を読むにあたり、人より読む速度が極度に遅く、頭の中で音読しなければ頭に入らず、頭に入ったからと言って理解しているわけでもなく。ただ素通りする事も多い訳です。よるするに「理解力が足りない」という事ですが、これを更にさかのぼり以前の事をお話すると小学校低学年までさかのぼります。以前書いたと思いますが小学校にあがるまでひらがなの幾つかが書けませんでした。そして「語」が分かっていないので当然ながら「文章」は読めず、平等というか皆と同じと言う事を重んじる学校の中で育ち見事に「本」が嫌いになりました。当然、小学生に責任などは問うのもおかしいと思いますのでそれは社会のせいとします。しかし、当方、そこからは問題です。そこから成長の手を止めてしまった点が問題だと思うです。これは自分の責任と感じますし事実自分の責任でしょう。本が好きになる機会など充分に余すところなしに学校と言う場所は提供してくレていたはずなのです。それをゲームなどという一時的な快楽におぼれてしまった事を公開せずにはいられません。大学にはいり、その本を読まないという習慣病が合併症を越し始め、「知」の生涯は短くなっていくばかりです。最近になり人生って本当に短いものだと感じ始めています。後、四分の一もないのだと思うと、本当に人の命は短いものです。しかし、当方は「知」の生涯を更にお粗末にあつかい、更なる高みへと続く道を意図的にとだしていると感じ最近、後悔しております。誰かから誰かへものを使える手段はほぼ「言語」でシェアが占められているわけです。その言語を豊かにしてくれる。また言語により豊かにしてくれる何かを当方は「本を読まない」という行為でとざしていたのです。年末になると本が読みたくなる。最近になりその思いがつよくなり、次第に本を手にするようになりました。本屋の文庫本の一角を前にしたとき、自分は生涯なんさつこの本たちを読めるのだろうか・・・焦燥感、空腹感にさいなまわれ、今日も数冊本を買いました。

ゴルギアス プラトン著 加来彰俊訳
 ソクラテスと3人の人物との対話は、弁論術が立身栄達の術とされている現実や若い人の実利主義的道徳意識などを次々と明るみにだす。プラトンは本編によって、個人の道徳と同時に政治の問題を追及し、アテナイの現実の政治に痛烈な批判を投げかけた。後に『国家』において発展させられた哲学政治の思想の第一歩である。

実践理性批判 カント
 『純粋理性批判』において認識原理の批判を行こったカントは「第二批判」とよばれている本書において道徳原理の批判を主題とする。義務のための義務を説いた 崇高な道徳観が厳密な原理によって展開されているばかりでなく、その行論の間にこの哲人の深い人間洞察をうかがうことができる。倫理学至上、不朽の古典

と、買ってみたものの最後まで読めるかどうか、そして理解できない事で投げ出さない事を今は祈るばかり(笑)こんな本を読める自分に陶酔もしないように・・・

 ちなみにゴルタギアスは昔から読んでみたい一冊でした。そもそもこの本の存在を知ったのは高校生の時です。現代社会という科目で非常勤の先生が授業されていたのですが、もう定年はとうの昔にこえられているおじいちゃんでした。しかし、その先生が熱い、いや熱血教師だと言うわけではないのです。純粋に哲学に情熱を燃やされている方でした。そして実践されている方でした。その先生の授業は教科のカスリ、無限の宇宙まで飛び出してしまうのではないかと思うくらいの内容、いや内容は生徒が作ると言う方針で、討論、先生の意見など活発に行い、レポート、テストなどもぶっ飛んでました。テストの内容を「人は何故いきるのか?」など・・・ぶっ飛びすぎていましたが、当方もその時の用いる「知」で一応に答えたつもりです。そんな先生が好きだった本がこの「ゴルキアス」です。といっても、当方本嫌いですので、読みませんでした。そして、この本にはもういちど出会う事になります。それは大学の講義、無理やり受けらされていた講義の一つに「規範のゆらぎ」というのがあります。これは選択科目で無理やり受けらされていたものですが、意外に面白く、教官が変わっていて「対人恐怖症」です。肩に猫を乗せています。もう何処から見ても奇妙な先生でたが、その教官もこの「ゴルタギアス」についてなどかふれていました。当方、この二人に洗脳されていますので、この本が読みたいわけです。いや、理解してみたいわけなのです。本には読んで雰囲気を楽しむ本と、読んで理解しなければならない本があります。今、当方に必要なのは後者であり今まさに必要を迫られているわけです。前者の本に関しても読んでいます。今のお勧めは江国香織の「なつのひかり」です。白い紙の上に水を張り、その上に必然的に絵の具が時折、少々たらしていく。そんな雰囲気の作品です。ぽっ・・ぽっ・・・感じです。
ゴルギアス

只今実験中なのですが、ゴルギアスを少しだけ読んでみました。39ページまでです(注意:岩波文庫 青601−2 第38刷発行)予備知識が全くないまま読みましたので、ソクラテスがこうもしつこい者だとは思いもしませんでした(笑)このおっちゃん何が言いたいのだと、イライラしながら読みつづけましたが、読んでいくうちに次第にソクラテスの主張が見えてくるようなこないような。たかが39ページですが以下のことが分かりました。
対話と弁論術を対比させている。
弁論術とは人を説得を作り出すもの。
弁論術では正と不正を説き伏せるものではなく、ただ信じ込ませるものである。
弁論術ってなに?
最後の「弁論術ってなに?」というのは、いまだ進行形の話題であるので、そう言う風にしておきました。あとでこの箇条書きも修正されたり、違うものになっることもあるでしょうが、今のところこういう風にまとめられます。当方の考えを書けばようするに、弁論術とは既に決められたこと、わかっている事、他人に説得する術であると言うこ事であり、いうなれば弁論術者というのは今の「政治家」に当てはまるのではないかと言える。むしろ、この後でゴルギサスを「政治家」と定義するのかもしれないし、もしくはこの時代のアテネイでは政治家というものは、いや概念はなかったのかもしれません。無知なので分かりませんが・・・
 さて、弁論家を現代の政治家と同等とみれば、現代の政治についての批判をすると、誰か(ら)が決めた事、または多数決で決めた事を、国民に説得させるのが仕事になっているような気がします。そう、不透明政治とここで批判したいのですが、どこが不透明であるかと言えば、その「決められた事」についての考えたプロセス、議論されたプロセス、だれが言い出したことなのか、そういう部分が見えてこないわけです。国会討論はある一部あるいは少数のなかで決まった事を、他の人間、他の集団に説得しているだけであり、説得した説得できなかったというだけの話に終始しているのではないか?と疑問を投げかけざるを得ないわけです。
 少し乱暴で、では何が模範になるのか、どうすればいいのかなど、この上の主張を読めばフラストレーションがたまりそうですが、当方も分かりませんので、以降、ゴルギアスを読んでその答えを見出したいと思います。ちなみに、実際良く分かってませんが、この時代のアテネイの人口はいくらくらいだったのでしょうか?少人数であれば、たとえば一つの小さな学校のようなところみたいな人口であれば、皆が意見を戦わせることができ、政治家というものはいらないのではないかと思うのです。しかしながら、現在のように人口がふくれあがり、帰属する集団のなかでも知らない人間ばかりでは、誰かが政治家になる必要があると思うのです。そこで問われるのは「モラル」であるといえる事は確かです。今回はこれで終わり。


三日続けて書きますが・・・
この岩はサヌカイトなのだろうか!?
気になって夜も眠れません・・・いや、実験中です。修士論文かいてます・・・

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2004年1月5日 月曜日 はれ

今日の一枚
実家はみかんを作っています。それで生計を立てているわけではありませんが、みかんばたけがあるので作っているといった感じです。正月に山に登った時に食べたみかんは本当に美味しかったです・・・普段食べると美味しくないのですが(笑)

黒曜石、サヌカイト

 正月に石を探したと昨日、ここに書きましたが支離滅裂な文章が続きまとめきれていない、読むとむずがゆくなる。そんな気分に自分自身がなったので、今日はいきさつや、石についての説明をしていこうと思います。そもそも、この岩に興味を持ったのは我が故郷のHPの掲示板にサヌカイトを探しているという方の書き込みを見たからです。先ほど其の書き込みを捜してみたのですが、削除されたのか書き込みが見当たりませんでした。書かれていた内容の詳細は忘れてしまいましたし、覚えていることが不確かなので、あまり詳しくはかけませんが、確か嵩山にサヌカイト、もしくは黒曜石があるという情報を得たので捜しているというものでした・・・ってぜんぜん詳細ではありませんが・・・嘉納山、源明山ではなく嵩山にあると、そういう情報でした。三つの山は昨日の紹介を見れば分かると思いますが、隣同士なんです。まあどこに其の石があってもおかしくないわけですが、石の説明をすると其の事情が変わります。
サヌカイトとは世界で香川県だけに産出する自然石で、1891年ドイツの地質学者ヴァインシェンクが「讃岐の岩」の意をこめ「サヌカイト」と命名した。木槌で叩くと神秘的で澄んだ美しい音を奏でるところから、地元では「カンカン石」と呼ばれている。
と・・・このサヌカイトすごいらしいです・・・香川県が産出量99%らしいです。
今から約1400万年前、瀬戸内海がまだ陸地であったころ、東西に走った火山帯が一大爆発を起こしました。その時流れ出た溶岩の一部が今日のサヌカイトの層をなしたものと考えられています。
これがサヌカイトが作られた歴史です。
サヌカイトは輝石安山岩の一種で、水晶より硬いが脆く壊れ易いという性質があります。地はだは青蒼ですが、磨くと漆黒の光沢がでます。石基は均等なガラス質よりなり、結晶粒が少なく音を吸収することがないので共鳴を起こしやすい性質になっています。
だから、いい音が鳴るんですね・・・ってサッパリ何のことかわかりませんが、音が鳴るということは分かりました。ここで上の三つのサヌカイトの紹介について疑問点を挙げますと

大島は香川県ではない。瀬戸内ならどこでも出る?
嵩山は火山ではない。火山は嘉納山である。

そもそも嵩山にサヌカイトがあるというウワサはどこから出たものか?

と、疑問がわくわけですが・・・どこかで見た単語をピックアップしますと輝石安山岩というのがありますが、これは昨日、写真で紹介した文章に書かれています。
屋代島(やしろじま)の地質
屋代島の地質は、大部分が黒雲母花崗岩(くろうんもかこうがん)からなっています。しかし、一部には大島火山岩類と呼ばれる火山岩も分布しています。その岩石の種類は、両輝石安山岩(りょうきせきあんざんがん)と集塊岩(しゅかいがん)です。集塊岩は大島郡では平郡島に最も多く嘉納山(かのうざん)や文殊山(もんじゅやま)付近にも少し分布しています。


参照 http://water21.lolipop.jp/day/page_thumb407.html
注意 平郡島は大島郡でなく柳井市だと思うのですが・・・昔の話ですかね
そう、両輝石安山岩もあるとかかれていますが、其の場所が書かれていない・・・集塊岩にかんしては嘉納山と文殊山にあると書かれているのですが、どうして両輝石安山岩の情報はないのか・・・黒雲母花崗岩というのは深いところでゆっくり冷えて固まった岩石で,ガラス質を含まず、すべて大きな結晶からできた岩のことで大島で良く見かける代表的な岩石です。

というわけで、
を捜してみたくなったわけです。

しかし、いつの間にかサヌカイトという言葉を忘れてしまい。良く似た岩、黒曜石を捜すことになっていました。そして記憶とは恐ろしく捻じ曲がっていくものです。いつの間にか嘉納山にある集塊岩の記憶が・・・大中小の岩石が火山灰により固められごつごつした一つの岩になっている集塊岩を見た記憶が、マグマが其のままかたまって一つのだらだらと今にも溶け出しそうな岩のイメージにすりかえられていました・・・。記憶とは恐ろしいものです。当方の記憶が正しければ例の岩石は二回見たことがあるはずなのに、行った記憶があいまいです。ぅ〜〜ん・・・・この辺が記憶喪失になった後遺症なのでしょうか・・・?で、最終的にこの記憶のあいまいさと、とある地図の読み間違いで、其の岩を『はなだれ岩』と勘違いしてしまいました。そして、正月にはなだれ岩を探すたびに出たわけですが・・・

その岩は『はなだれ岩』ではなかった。

そして本当の「はなだれ岩」を探し、そして見つけたわけです。それがこれ
そう・・・写真を見れば見るほど、これは黒曜石ではサヌカイトでは?と思うわけです。もう・・・本当に、マジで、もうもう!!ハンマーを持っていって音を確かめてみればよかったです!!コンチクショウ!!
正月に読んだ本を紹介します。
天使の  The Christmas Shoes
ドナ・ヴァンリアー Donna VanLiere
木村恵子・訳

この感動、忘れないでだきしめたい。日米同時出版、話題の翻訳本
お便り続々と!
大切なものを思い出しました・・32歳女性
涙が止まらなかった。人は感動によって立ち直るものなのですね・・・75歳男性
仕事が出来ても家族には不器用な主人公。夫にプレゼントしたいです。・・・22歳女性
を、読みました。なかせるところは一箇所だけ、そこを読み逃すと何だコリャ?と言いたくなる様な小説です。ただ、何というカこの本を読んで一番の感想は「この作者が嫌いになりました」ということです。こんなん書く奴嫌いです。いやらしいです。散々、感動させますよ。感動させますよといわんばかりの振りがあるのに、こんな話かよ。殺せば人の心を揺さぶれると思ってるのか?子供を使えばなんでもいいわけか?子供って純粋ですからね〜〜あははと言いたくなる様な小説です。この小説には、なんというか信仰があります。無論宗教がどうのこうのというレベルの信仰ではありません。信仰とは作者自身が、疑わないもの、信じているもの、そういうものが大前提にある小説です。

ムカツクポイント
子供をいかにも純粋に書いている。
主人公(おっちゃん)のバカとし、誇張しまくる。ママ、ママってウザイ。
貧乏人と金持ちの対比し、以下にも貧乏人は心が美しいとか・・・アホかと
2人もしぬの?なんで?なんで?
「奇跡」と書いているが、子供にとってはただの不幸な出来事だったのでは・・・

感動させようと作者が必死

問題は最後まで不幸な子供は不幸のままおわり、バカなおっちゃんは偶然を奇跡奇跡と呼んでいるバカらしさがなんともむかつきます。

ただ一つ、この小説の主張の中でいいなぁと思うこところは、「気づかないことって結構あるね」って言うことを認識させてくれることかな・・・

223ページありますが、中身はスカスカなので、すぐに読めます。本屋さんで立ち読みして涙をだらだら流さないように!!はい!!正月読んだ本一冊目の紹介終わり!!

大島のお土産はこれで
まあ周防大島にも色々な名産があり、お土産にあんるものがあります。お菓子系などは土産品そのものですが、それ以外にも大島産とつくものはお土産になります。今回紹介するこの「たこカマ」もそうです。これは本当に美味しいです。タコの味がするかというとあまりしませんが食感がタマまりません。タラの味がします。お勧めです!!


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2004年1月4日 日曜日 はれ

明けましておめでとうございます
 新年明けましておめでとうございます。今年も当サイトをご覧になっている。皆々様が健康に過ごされますことを心よりお祈り申し上げます。去年はいかがお過ごしでしたのでしょうか?今年の抱負を立てた方などいらっしゃいますか?当方は一応抱負などを立ててみました。去年より書く方面よりお言葉をいただきまして、初詣にておみくじを引きましたが、やはりそこでも同じようなことが書かれていました。そして、今読んでいる本、数冊にも同じ事が書かれていました。去年の姓名判断にも、これは何かの暗示に違いないと思いますので、これを抱負としたいと思います。抱負にするには少し不恰好で、かっこ悪いような抱負ですが、

今年は威張らない

というのを抱負とします。いや、去年何かと自慢話をしたり先輩風を吹かしていたかと問えば、そんなことはないよなと思いますが、異議ありな方もこのサイトを見ていそうですが、当方は今年は威張りません!!任せてください。おみくじにまでこんなことがかかれてたので、きっと、これは何かあるに違いないと思うのです。頑張ります(笑)・・・・変な抱負

猫は本当にカワイイ
 実家に帰ってました。猫と戯れてきました。14匹いましたが、前より小さくなってました。実家に帰って色々な方法で時間を有意義に使わせていただきました。本当にお正月に感謝します。仔猫というのは特有の匂いがする。まあ乳臭いわけだけど、他にも砂の匂いとか、食べたものの匂いとか、分かりやすくいえば、牛乳を拭いた雑巾の匂いがするといえばいいだろうか、臭いわけではない、そこまでは匂わないし、でも臭いわけなんだけど、当方は猫が好きなので気にならない。実家に帰るとまず猫が出迎えてくれた。大中小、本当にそんな感じで猫がワラワラいる。尻尾をヒュッと立て、しとしとと足音を立てて、興味津々に顔を出すものの知らない、いや見慣れない顔がいるので、よってはこない。これが家族であれば餌をくれると思いワラワラと擦り寄ってくる。猫とは現金なものだ。そこで引き下がる俺ではなくとりあえず数匹捕まえてもてあそんでみた。色はシロときじしかいない。大きさ、と顔つきだけで判断するしかないのだけど、捕まえるたびにこの猫はさっきの猫だろうか、違うの猫だろうかと訳が分からなくなる。そんな正月でしたが、帰るときにはもう、全ての猫を把握できました。そもそも猫というのは兄弟でも性格がぜんぜん違うので見分けが簡単につくようになります。書くのがだるくなってきたのでソロソロやめます(笑


周防大島ってどんなところ

安下庄港

嵩山(だけさん)
 来年度から我が実家のある大島四町、大島町、久賀町、橘町、東和町が合併し『』ではなく、新しい『』になります。名前は『周防大島町』。周防と言うのは長州以前の山口県の南東部の名称で、『防府市』というのがありますが、これは周防の都という意味で防府というらしいです。へぇへぇ〜。今でもこの地名がついているのが、周防灘で周防灘のぽっかりと浮いているので周防大島らしいです・・・ダサ・・・これは当方の個人的意見です。

嵩山 地図
(だけさん)
 大島富士と呼ばれるほど美しい山です。地図をご覧になれば分かると思いますが、等高線が等間隔に円状に広がっているので見る角度によっては、綺麗な山に見えます。勿論見る角度によっては、とんでもなくごつごつした山です。ちなみに安下庄湾の地図はコチラ⇒地図

初詣行きました。
 毎年、初詣は欠かさず除夜の鐘を聞きながら近くの天神様と八幡様におまいりしています。家を出るとまずは天神様の方に向かいます。1km位はあると思いいますが歩いて坂道をあがったり下がったり。これが正月の始まりです。行く途中で除夜の鐘が聞こえます。これを聞くと正月になったなぁ〜とか思うわけです。
長尾天満宮
 菅原神社で有名なのは大宰府ですが、ここも一応、天満宮です。菅原道真公ゆかりのある神社です。どうここを通った時に豪族に地名を聞いて無理やり名前を変えたというのがゆかりらしいです(メチャとげがある言い方をすれば)この神社は当方が広大に入る前まではこの神社は神社らしく、地面から一メートルくらい高く床が上げられ、ゆかの下でかくれんぼが出来るくらいの、良い神社だったのですが、いつの間にかバカな町会議員おかげでなんとも趣のない神社担ってしまいしました。愚の骨頂は、この神社をとり前いていた木々を切ってしまったことです。もうバカかアホかと・・・神社という空間をまるで理解していない・・・来るたびに少し昔くなるというか焦燥感に覆われてしまいます。50年後ぐらいには良い神社にまた戻っているかも知れませんね・・・ちなみにこのには神主がおらず長尾八幡宮の神主さんが掛け持ちをしているらしいです。当方も其の足で、長尾八幡宮に行きました。


長尾八幡宮
 長尾八幡宮は天神様と比べて可也にぎやかです。立地条件に違いと財の違いでしょうか(笑)ちゃんと神主さんもいます。写真を結構撮ったのですが、さすが夜ほとんど上手く取れてませんでした。大体フラッシュをつけてませんし。

 鈴をならそうとすると手を伸ばすと向かい側からも手が伸び、触れ合いそうになり視界を正面に持っていくとかわいらしい女の子が、ドウゾっといおうと思ったけどかんぜんに手を引っ込めてしまっていたので先に鈴をならさせていただきました。その後、賽銭を入れてたたみに腰を下ろすとなぜか其の子が横にチョコっント腰を下ろしてドキっとした・・・いやそれ以上・・・何もないです。自意識過剰でしたスミマセン

 夏の花火大会の時も思いましたが実家の女の子って結構レベル高いですよ!おじさんもビックリだね!!正月早々何をいってるのか・・・

妹におごってもらいました。
 正確には多分、親の金を流用させたものだと思いますが、妹にトンカツをおごってもらいました。ドライブに出かけ、いや近場で食事をしようということになったのですが、ことごとく食事処はしまっていて結局、下松まで行ってしまいました。大島⇒大畠⇒柳井⇒光⇒下松です。結構飛ばしてくるまで1時間半くらいです。なぜここまで・・・と思いましたが母の話ではいつもの事らしいです。当方のように車を持たない、いやもてない人間と持っている人間ではこうも行動範囲が違うのかと驚嘆せずにはいられません。

大島大橋

知らない神社

ぶーんぶーん

光辺りの風景

下松

ゴマタレ

お茶
下松は数回しかいったことがありませんが、浜辺に松が植えられています。結構良い眺めです。松林を抜けると海です。風除けか砂除けかどういう役割を果たしているのかは無学ですので分かりませんが、植えられていますよ〜〜

下松の地図

クロ豚和牛トンカツが喰いたいと申し出たのですが却下されましてジャンボトンカツで我慢しました。何故写真がないのか疑問に思われる方もいるでしょうが、食べるのに忙しくて写真を撮ることを忘れてしまいました(笑)西条のカツ富の方が上手いなとか思いながら、ご飯とキャベツ自由、ゴマすり鉢とか共通点が多く・・・ここってカツ富と関係あるのかなぁ〜とか思ったり・・・だからチェーン展開してるような店には入りたくないって・・・初めに行ったのに・・・ぅ〜〜〜ん。どこもかしこも閉まっててもう如何でもいいって感じでした(笑)一つ分かったこと。しろご飯より麦飯の方が味がない。甘くない。腹が太らない。ダイエットにはイイということかな。食べ比べてみました。

しかし、アレです・・・共食いはイカンですな・・・ブヒィ〜=〜=


山登りしました。
いつか上ろうと思ってたのです。目的は黒曜石をとることです。大島産黒曜石を採ろうと思いまして昔から山を攻めたいと思っていたので、上ってみました。かばんの中にカメラとみかんを入れて午前11時ごろ家を出ました。空は青く晴れ渡っていたのでカメラでいい風景が取れるなと思いながら、源明山を駆け上がる。民家がまだあるような高さで、息は切れ、もうやめようかなぁ〜とか思い始めてしまう。そういえば一度も休んでないと思い、少しばかり道端に腰をかけてボケーとしてると、どうにかやる気が出てきたので、また上り始める。山の道というのはうねっている。間ッすく道を作ると角度が急すぎて人は上れない。階段ならまっすぐに道を作れるけど、車などのタイヤのついた乗り物が通れないので、なるべく道が緩やかになるようにうねっている。ショートカットしたいけど、道を間違うと大変なので、『道路』を使って上りました。疲れましたね(笑)
源明山中腹
大きな岩があったのですが、この岩は地層が見えるので面白いと思い撮りました。地層の分かれ目が見えるのですが・・・なんと、撮り忘れてました(笑)この山、いや島が出来上がる時、海底に堆積していた地層が隆起して、地表に見えてるのでしょう。この光景は安下庄高校沖の岩場にも同じような地層があります。まっどうでもいいことですけどね。写真には岩に何かの見えるのですが、これって化石?化石ですか!?岩をぶつけて切り取ろうとしましたが・・・無理でした(笑)ここから見る嵩山は形が悪いです。
キノコ見つけました。

良く分からない種を見つけました。

町界を見つけました。来年度からこれは無意味ですが、絶対このままになっていると思います

源明山頂上 地図
源明山頂上には四境の役の戦没者の追悼の石碑が建っています。四境の役とは長州征伐の時、大島の戦らしいです。四境の役戦跡碑が立ち、故人の佐藤栄作総理大臣書と記載されています。(支離滅裂)

謎の案内T
謎なのは上の写真、カンベタ観音200メートルというのがどこのあるのか気になります。
四境の役 大島口の戦いについては勝手にコピペしておきます。ゴメンナサイ。。入り口はココ

謎の案内U
岩屋観音・・・う〜ん岩屋観音というのは嵩山の中腹にあるはずなのですが違う観音様なのでしょうか?・・・・いや岩屋権現だったかな・・・むかし、この案内のおかげである場所を間違えて覚えていました。詳しくはまた今度・・・書くのがだるくなりました(笑)

そう、だんだんと天候が悪くなりとうとう雲の中に入ってしまいました・・・大昔友達が雲の中に入ると息が出来なくなるとかいっていましたが・・・ウソでした(笑)


嘉納山(かのうざん) 地図
嘉納山登頂成功!!っていうかめちゃ雨でした。朝は晴れていたのに・・・右上の写真が頂上です。ミステリーサークルでもストーンヘンジでもありません。どうも火山の噴火口らしいです。今回登った山の中でこの山だけが噴火した火山だったらしいです。ですから、ここに黒曜石があるというわけです・・・

目的の岩
目的の岩を発見しましたが、どうも・・・黒曜石ではないみたいです。下の岩をはなだれ岩と勘違いしていたのですが・・・それはどうも勘違いのようです・・・あはは・・・何のことやらという方々が多いでしょうが面倒ですし、超個人的な事なので気が向いた時に説明します。(意味不明が続いてスミマセン)
集塊岩(agglomerate)
火山から噴出した大小の岩片が火山灰によって膠結された岩石で、固結度が高く角れきの多いものは砕石となるが、固結度が低く、かつ凝灰質の多いもので、破砕する時砂と灰になり易いようなものは好ましくない。

れき岩と同じように屹立した独特の地形を呈する。

 昔、嘉納山ふもと深山(安下、長天、川中地域をまとめて深山と呼ぶ)と呼ばれる地域で黒曜石を採石していたらしいので、それを捜したいのですが・・・手がかりがつかめません。国立公園というな名の下に、遊歩道などが整備され、大島本来にはない石などが持ち込まれているために、かけらなどを見つけてもぜんぜん証拠にならず、可也大きい石を見つけないと意味がなく、困難極まりないのですが、いつか大島で黒曜石を見つけてやろうと思います。ちなみに当方石マニアではありませんで実際の黒曜石をみたことがありません・・・・どうやって見つければいいのやら(笑)

嘉納山を下山

嘉納山から嵩山まで40分という案内があります。これを見るともう・・・やる気がうせます。遠すぎます。マジデ・・・この道傾斜30度以上の階段をアップダウンします・・・手すりがついているので何とか降りれますが、手すり長ければ、もう怖くて通れないような道を通らなければなりません。しかも、嘉納山は安下庄側には直接降りる下山ルートがありません。源明山か嵩山にいかなければ下山できないのです・・・あはは。左上の写真は嘉納山中腹から見た嵩山です。

ついに本物のはなだれ岩を発見!?
嵩山中腹まできました。嵩山は結構整備されているので遊歩道が結構あります。案内もあるのですが、それを見るとなんと「はなだれ岩」を発見!!岩屋権現の近くにあると書かれています・・・ははは当方これをみて昔、嘉納山の案内にある岩屋観音と勘違いし、はなだれ岩が例の上の集塊岩だと勘違いしてしまいました。実際、あの岩は鼻水がたれているように見えるので・・・

嵩山登頂 地図
何というか・・・風がビュービュー吹く上に・・・興味をそそるものは嵩山にはありませんでした。ここはただの通過点に過ぎず、はなだれ岩をさがしました。左の写真は山から見下ろした安下庄です。
下の写真は嵩山から少し下山すると展望台があり、そこで撮影しました。見晴らしがいいので頂上から取るより綺麗に撮れますが、久賀方面は見えません(笑)

はなだれ岩発見!!
そして、ついに「はなだれ岩」を発見しました。いや、発見した時はこれがはなだれ岩であると気がつきませんでした。水源だと認識したからです。これはまさしく嵩山の水源なのです。この岩の間から水が湧き出し、岩に耳をあてると内部で水が流れる音が聞こえてきます。いや当てなくても大量の水の音が聞こえます。無論雨が降った跡なので推量が多いのでしょうが確かに岩の内部に水脈が走っています。1人これを発見して感動しました・・・そして、写真を見直して気づいたのです。これがはなダレ岩だと・・・当方、はなだれ岩とは見た目がはながたれている様に見える岩だと思っていました。それは、岩屋観音の勘違いのせいでもあるのですが、しかし、実際のはなだれいわとは・・・実は常に鼻水をたらしている岩、つまり水が常に滴り落ちている水源のことをさしていたのです。生活に密着した岩だからこそ、あいしょうをこめてはなだれ岩となずけたのかも知れませんね・・・そして、写真を見るにもしかして、これは黒曜石かもしれません・・・黒く光沢があり、光っています。この近くの岩はなぜかこういう光っている石が多くそして叩くと鋭く割れます。これが黒曜石の特徴なのですが・・・嵩山は噴火した火山ではないということなので、そこが矛盾しているのですが、確かに・・・黒い岩肌は黒曜石のようです。実際のぶつを見比べるしかないですね・・・トホホ。削ってくれば良かった(ウソ)
岩屋権現
あいにくの雨が幸いして、この期間異常にぎわう権現様なのですが一家族しかいませんでした。写真ではお伝えできませんが、ここは本当に神秘的な場所です。信仰がない方であれば正月以外の平日に行くことをお勧めします。森林浴が出来ますし、見事なまでに神がかり的なのですこの場所は・・・

とあるサイトの抜粋です。
嵩山中腹にある岩屋権現では、元旦から3日まで終日火がたかれ、もちを焼いて食べることができます。
地区の方々によって絶やさないように火がたかれています。この火でもちを焼いて食べ無病息災を祈る行事です。

ちなみに右端の鳥居は昔使っていた鳥居です。昔は階段で急な坂道をまっすぐしたから登るような形になっていたのですが、数十年前に道が整備され横から来るまでこれるようになりそこに新しい鳥居が建てられられ、写真にある鳥居は誰からも忘れられています。そこまで行くのが大変でしたが、鳥居まで行って鳥居の上にお賽銭をしてきました。いい事がありますように・・・
帯石観音
ここは蛇足でした・・・行くんじゃなかったと後悔しています。傍が多すぎて胡散臭いし、なんというか見ていると、山賊(食い物屋)みたいです(笑)もっと趣を重んじた方がいいのではと思うくらい、所狭しと地蔵を起きたり観音像をおいたり・・・一歩間違えると秘境ですね。ていうか観音様は寺?神社?なんで稲荷神社が?ていうか稲荷神社の前にある地蔵はなぜか帽子をかぶっている・・・触ってみるとやわらかく本物の帽子・・・しかし色はやけに地蔵色にどうかしていて(笑)

ここで当方過ちを犯しました。おみくじでございます。値段は50円・・・しかし百円玉しか持っておらず、無人で賽銭箱に入れる形式・・・誰も見ていないが、一応百円を払って一枚だけとる・・・『小吉』・・あいた・・・書いてることが酷い『慎んですごしましょう』・・・のほかに色々最悪なことが事故ルとか・・・あはは。百円入れたんだからもう一度とらせろ!とか思いましたが!「いいもんいもん、ぼくちゃん無信教だもん!!」とへそをまげてしましました(笑)ここから家まで10キロあったのですが、電話で兄を呼び出し家路につきました。もうやる気ゼロです。

ここで自分のためだけにまとめておきます。
源明から源明山にあがる途中に地層が見える岩がある。
源明山には四境の役の追悼碑がある。
源明山から嘉納山の間で岩屋観音に降りられる道があるという案内がある。
嘉納山には噴火口跡(?)みたいなものがある。
嘉納山から嵩山(だけさん)側に進む遊歩道に大きな集塊岩がある。(はなだれ岩とは別物)
嵩山の中腹にはなだれ岩がある。はなだれ岩とは嵩山の水源地である。
岩屋権現は神秘的な場所である。
帯石観音はもぅっと控えめにした方がいい(笑)

正月の間、結構本を読みましたが、其の話はまた今度

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